おもいのままに
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大雨の中
今日は今年度3回目の広島の楽器店での連続講座。
朝6時半に出発したけれど ここ数日の大雨で高速道路は通行止めになっていて、
約1時間ほど走って引き返すことにした。


「今日一日は広島」
そう決めていたのと 今回の講座は余計に思い入れがあったので
断念するにはしたものの なんだか気持ちがうろうろ迷ったまま。。
講師の先生の顔が見たかったな。。

取りあえず 楽譜の注文をメールして・・・
しばらくするとその楽器店から返事が返ってきた。
注文の楽譜が揃っているということと
「今日はこちらも大変で講座は10名の参加でした。」
いつもは30名ぐらいの講座なのに どこも大雨で出られなかったのだろう。



ヤフーニュースを見ると
あちらこちらで土砂崩れや避難勧告の記事が出ていた。


地球は地球にとって一番「良い」環境を保つために天気が変わるのだと思う。
でも それが必ずしも人間にとって「良い」とは限らない。
それを勝手に人は「異常気象だ」と言う。
いつも自分中心でしかモノを考えられない人間だけれど
やはり被害は最小であってほしいと願う。



雨が尋常でない降り方を始めると 街中に水はあっという間に出る。

自然を侮ってはいけない。。



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親としてのこれから・・・
「かあさん。合格しました。」






今朝 京都にいる長男から電話が入った。








多分 大丈夫・・・とは思いながら やはりその言葉を聞いてほっとした瞬間だった。
長男は 去年の春 大学3年になることもなく「料理人になりたい」と退学をしていた。
「料理人になりたい」というのが本気ではないのはわかっていた。
理由はいろいろあるけれど どれも決め手のようでどれも決め手とは言えないような気がする。
きっとこうなるようになっていたんだろうな。。。と今になって思う。

大学に入ってからの2年間は長男にとってもいろいろあって
親の私たちも本当に頭が痛かった。
いや。。長男に関してはずっと昔。。小学校の頃から悩まされて来た。



小学校時代の不登校・・・
中学校の3年間は無事に終わったけれど
高校の3年の時に成績が落ちたためクラスが変わり
そのクラスに馴染めず 高校3年の6月から不登校・・・
その年の秋に 「高卒資格認定試験」を受けて合格したものの
やはり高校を卒業したいという気持ちとの間に揺れ
なかなか決めることが出来なかった自分の進路だったけれど
年明けになってようやく受験する意思を固め受験。
けれどすんなりとはいかずC日程(3月半ば)でやっと合格を決めた学校だった。
でも 入学後も長男の気持ちは落ち着かず 勉強以外の色んな事が気になり色んな事に振り回される2年間だったように思う。
2年間の間 学校に行っていたのは1年の前期ぐらいだったのかもしれない。
単位というものはひとつも取れていなかった。
その間。。何度も大学に確認を取り 何度も本人とも話をしたけれど
こちらの気持ちが伝わっているとはどうにも感じられず焦るばかりの日々だった。


高校中退のまま大学も中退。。
そして お寺の長男という立場上 田舎の自宅に帰るというのは嫌だったのだろう
この1年はフリーターで京都に残った長男。
この不景気で アルバイトをしても時給は下がり時間も削られるばかり。。
「料理人になりたい」とイタリアンの厨房のバイトをしていたけれど
外食産業は一番の痛手らしく すぐにやめさせられた。
コンビニとピザの宅配のバイトをしながら 家賃も払いながら自活するのは並大抵ではなく
その上 一方的に被害者になるという事件に巻き込まれていたことも
長男は誰にも言えずに ずっと黙っていた。
主人が長男と一緒に警察に届けた時には 時間が経ちすぎてどうにもならないという結論で
被害者でありながら その事件を片づけるにはお金が必要だった。。
それ以前にも長男自身の問題で 多額の出費をしていたため 長男はそれを言えず 自分でなんとかしようとあがいていたのだった。。
長男のために 下の二人のために少しずつ貯めていたお金はほとんど底をつく状態になった。


可哀そうだとは思ったけれど 大学を中退した長男への腹立ちもあり
「今はあんたの事はどうにもしてやれん。次男と次女のメドがたてばあんたのことを考えるから」と言っていた。
長男もその覚悟をしていたのだろう。



けれど秋になり・・
次男の進学を考えた時 長男をこのままにしておいて良いのだろうかという思いがふつふつ沸いてきた。
「あんたはどう考えとる?大学をやめて料理人になりたいと言ったけれど 結局そのバイトもダメになったし・・
今も将来は料理人になりたいと思ってる?
それとももう一度勉強がしたい?
退学した大学は確か 『再入学』という制度があったけれどそれを利用するというテもある。
もし 他の大学や行きたい学部があるのなら 本気で考えてみて。」
と質問したら 数日後
「また学校に行けるようになるなんて思ってもいなかった。
もし行けるものなら行きたい。行かせてください。」と 返事が返ってきた。
主人は「費用はどうする?二人の学費はもうないぞ」と躊躇したけれど
「もちろん次男には奨学金を受けてもらうし 長男も前期だけでもしっかり成績を残せばうまくいけば後期からでも奨学金が受けれる。(奨学金を受けたくとも今の状態だと単位が取れていないので受けれない)いざとなったら学資ローンを組めば良い。あなたも私もまだまだ若いし お陰さまで健康で元気にやっていけそうだから
先送りにするよりも 今 なんとかしてやりたい。」
私の言葉にもしばらくは不安そうな主人だったけれど 数日で納得してくれた。




冒頭の言葉は 中退した大学の「再入学」の合格通知を受け取った言葉です。



今 長男は
「勉強をしたい。そして・・・とにかく友達が欲しい。」と言います。
本当に・・・人間は色んな能力を持っているのだろうけれど
友達が欲しいというのは本音だと思います。
勉強が出来ることも大事だし 運動が出来ることも大事。。
でも もっと大事なのは大切だと思える友達を持つことなのかも。。と思います。



長男にプレッシャーを与えて来たのはお寺の長男という立場であったり
そして
その長男を育てる嫁というプレッシャーを感じて 長男にきつくあたっていた私なのだ・・・と思います。
過去を振り返ると 思う事が多すぎて まだまだ整理なんてできてなくてとても複雑だけれど
今 私たち親は「まだまだ親として頑張れ!子供のために出来ることをせよ」と言われているのかも・・・と思います。
長男に「できないこと」ばかりを要求してきたけれど
長男が「したい」と思う事の応援をしてやれるのは嬉しい事なのだなとやっと感じれるようになりました。




自分の記録のために つらつらと書いてみました。
時間経過の面で 話が前後して読みにくかったと思いますが
読んでくださってありがとうございました^^

気になる人
昨年末からとても気になる存在の人がいる。
以前はそんなに好きでもなかったし周りがどんなに騒いでも興味のある存在ではなかったのに
なぜかその人の言葉が気になっている。













「中山美穂」








今 映画「サヨナライツカ」の主人公をつとめている。
この映画の原作者は 彼女の夫 辻仁成さんだということも
現在 お二人の居住地はフランスで 男の子が一人いるということも知ってはいた。
「サヨナライツカ」の原作を何年も前に読んでいたのも手伝ってか
年末にフランスでの中山美穂をインタビューした番組を見たのがきっかけで
彼女の生き方とか姿勢というものがすごく心に残った。
歌手としても女優としても大ブレイクした人。。。
化粧品のCMにも出ていて 「綺麗な人」という印象しかなかったのに
彼女から発せられる言葉は とても謙虚で自分をよく理解しているんだなぁと感じた。


一昨日だったか「A-スタジオ」?とかいう番組に中山美穂が出ていて
司会の鶴瓶とのやり取りを見ていた。
その中でとっても印象的な言葉があった。
もともとはロックバンドの歌手でもあった辻仁成さんが
新しいメンバーでのバンドで米国デビューすることになったという話の時だ。。。
鶴瓶が「辻さんもアメリカデビューすることになっていろいろ大変でっしゃろ」
と言った時に彼女は
「そうですねぇ。。。そんな彼を私がしっかりして支えていなきゃと思ってます。
でも・・・反対にそうやって私の方が支えられているのかもしれませんけどね。。。」
と答えた。
最後の方は 独り言のようにつぶやくような感じだったけれど
この言葉に「いいなぁ~この人。。。素敵な人だなぁ~。。。^^」と改めて思った。



今朝 ドコモのi チャンネルで中山美穂へのインタビューが配信されていたけれど
ここにも今の私の胸にくる言葉が書かれていた。
今年の目標は?の質問に
「目標って特にないですけど いろんな人や出来ごととの出会いの中で成長(「成長」という言葉は使っていなかったと思うけれどそういう表現だった)できれば。私はコツコツ積み上げていくタイプなので 日々小さな幸せを感じられたらなぁと思います。」
というような答えだった。。。(細かい言葉づかいは覚えていないのですみません)


以前の若かりし彼女には何の魅力も感じなかったのだけれど(ファンの方 ごめんなさい)
派手な世界にいながらも自分を見失わず
時が流れてもなお 穏やかな微笑みを見せながら控えめな言葉を発する中山美穂は
女性として 人として 今の私にはとても気になる人である^^



あけました^^
遅ればせながら。。。



新年あけましておめでとうございます^^



昨日 実家から帰ってまいりました^^




予告通り 姉とは毎晩 乾杯をしてまいりました(笑)
3日は 姉家族と一緒に神戸で遊び それぞれ見たい映画を見たり(私は次女と姉のところの長女と次女と4人で「カールじいさん」を観てきました^^)
買い物をしたり(人ごみに慣れない末っ子と私はすぐに疲れてドトールでずっと本を読んでました^^;)
夕飯は 三ノ宮で沖縄料理(私は初体験♪)を食べて帰って来ました^^
ばたばたと過ぎて行った3日間だったけれど 日常を離れた時間はリフレッシュするのに充分でした^^







今年は 親としてもまだまだしなければいけないことが山積みで
「大変!」と言いつつも
まだ親をさせてもらえる事を楽しみながら過ごしていけそうです^^






嬉しかったり悲しかったり喜んだり怒ったり。。。
なんでもない日常を マイペースで綴っていければと思っています^^






どうぞ今年もよろしくお願いいたしますm(__)m

反撃
関東にいる遠い親戚がこの夏 遊びに来ていた。
80歳ぐらいの老夫婦と25歳ぐらいの女のお孫さん。

老夫婦のおばさんの方がうちの孫にあたる人(亡くなった義父と従兄弟)で 普段は付き合いはないけれど
良きにつけ悪しきにつけ うちのお寺のことをいろいろとおっしゃる。
うちの近所の旅館に3泊されたのだけれど 主人と私に夕食を一緒にと呼んで頂いた。
まぁ。。。なんというか。。。
普段付き合いがない上にお高く止まっているイメージのある親戚なので
事無く会食につきあえばいいかと思っていたのだが。。。


ご主人とお孫さんはうちの主人と話が盛り上がっていたので
私がおばさんのお話の聞き役にまわっていた。
内容は ご自分の学歴や若いころの職種 子供さんの学歴 ご自分たちの馴れ初めの話。
と言えば聞こえはいいのだけれど なんともまあ。。。
自分にはボーイフレンドが沢山いたのだけど
ご主人がいかに自分にアタックしてきたかという自慢話ばかりで。。。^^;
まあ 私には特に関係することではないので
「はあ 。。。そうですか。。。」と言いつつ聞いていた。


そしたら・・・!


「きょんさん。 私 知ってるのよ。
きょんさんたちはお見合いをして あなたのご両親がA君(私の主人のこと)を気に入られて
あなたをぜひもらってほしいって頼まれたのよね。
知ってるのよ~。
A君 出来た人だから。当然よね~。」


は!?
そんなこと一度もない!
この人は何を言ってるのだろう・・・?
確かに主人は頭も良いし人受けも良いし・・・両親も気に入ってもいたけれど。
私をもらってほしいなんて頼みもしないし そんな事実はない。


その話の出どころは・・・義母に決まっている。
社交的な義母は親戚との交流を一手に引き受けているので
あることないこと話しているのはわかっている。

その時 私の頭の中は真っ白になった。。。
でも その場で言い返すことはなかった。。。
ぐっと気持ちを飲みこんだ。。。


けれどこの年末を迎え お歳暮を贈り贈られという時期が来たので
お互いのやり取りがあって 電話のやり取りがある。


何も知らない顔をして 愛想なんてふれない・・・



このまま黙っているということは 事実と認めたことにならないか・・・?
胸の中が煮えくりかえりそうな思いはすっぱり捨ててしまおう。



私は受話器を持って 東京にいるそのおばさんの家に電話をかけた。


案の定 私が電話をかけて来た用件を聞くでもなく
2週間前から自分が風邪をひいて食欲もなく 最近やっと食べれるようになったことなどをしゃべるしゃべる。。。
それを遮って 私は自分の用件を話し始めた。
「あの・・・夏に一緒に旅館で会食をさせていただいた時のことなんですが。
あの時おばさんは 私たちがお見合いをして私の両親がAさんをとても気に入って
私をもらってくれと頼まれたっておっしゃったんですが。。。」
ここまで話したら
「あら~ 私 そんな事 お母さん(私の義母)からも聞いてないし そんな事言ったかしら?
なんか あの時ね お酒をよばれすぎちゃったのかしらねぇ。」から始まり
もうこっちの話を聞く余裕もなく あれやこれやと言葉を羅列する。
2週間前から風邪ひいて具合が悪いこと
慌てて 私がここにお嫁に来てくれてA君は幸せだとか・・・
私たちは安心してるのよとか・・・




もう遅いっちゅーに!!(怒)





「私は実家の両親と私の名誉のためにお電話しました。
私の両親が私をもらってほしいと頼んだ事実もありませんし
どっちがどっちかに頼んだわけでもなく 私は縁あってここに嫁ぎましたし
縁あって今もここにいるだけです。それだけです。
だから どちらかがだけが幸せだとか我慢してるってことはありませんので。
人間ですから嫌なこともあるし嬉しいこともあります。
でも 今もここにいるのは縁があるからだと思っていますので。」
口調は冷静に でも怒りがこもっていたのはびんびん伝わったのだろう。
うろたえるおばさん・・・。
言い訳をするおばさん・・・。


「あの時 お酒を頂きすぎたからかしらねぇ・・・」
「じゃあ 今後お酒を頂かれるときには気をつけてください。」

「私 あなたたちの事 よく知らないのよねぇ」
「よく知らないのに いい加減な事をおっしゃったんですか?」

「そんなこと誰からも聞いてもいないしねぇ。。。」
「じゃあ あの言葉は私の空耳だったんでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」(返事ができない)

「私もねぇ 2週間も具合が悪くて。。。」
「私は夏からずっとこの嫌な思いを持っていました。」
「じゃあ あの時言ってくだされば良かったのに。」
「お孫さんとご主人の前でですか?そんな事 私にはできません。」


「確認もできていないような事なのに いい加減な発言をされるのは
おばさんの品格を下げられることになると思います。
私は夏からずっと腹に据えかねていました。
でももし 今後他の親戚からそういう言葉を聞くことがあれば
私はこれからはっきりと声をあげていこうと思いますので。
おばさんはこれから気をつけてくだされば 私はそれで結構ですので。」


そう言って電話を切った。
折り返し また電話がかかってきて いろいろ言い訳をされたけれど私は
「これから気をつけてくださればそれで結構ですので。」
としか答えなかった。


「Aちゃんとお母さんと仲良くやってね。」とか
「〇〇〇(お寺の名前)は あなたがよくやってくれるから安泰だって私たち安心してるんだから。」とか
なんだか いろいろ言われてたけど もうおばさんとは関係ない。



立派な教育を受けて 立派な就職をして 立派なご主人と結婚されて
それがご自慢のおばさん。
けれど 優しさや謙虚さは みじんも感じられなかった。。。




教訓その1

口は災いのもと



教訓その2

あるがままを認めるということは本当に難しい


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